メンタルヘルスこそ一番大事だと思う-後編-
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大学卒業後から現在
しかし大学を卒業して仕事を始め、自由に使える時間やお金ができてくると、少しずつ心の健康を取り戻しました。
食べ物は美味しく、漫画を描く時間もあるし、気軽に遊べる同期もできました。
あの地獄の4年間はなんだったんだろうと思ってしまうほど、私は人生の舵を大きく切り直し、新たな生活を楽しんでいました。
そして私はある事に気づきました。
それは『私は色んな事を真正面から受け取ってしまうため、理不尽な環境に長くさらされると強いストレスを感じる。そしてその後ヤバいくらい無気力になる』という、自分自身の心の地雷でした。
もちろん生きていれば(それおかしくね?)と思ってしまうような状況になんかたくさん出くわします。
それでも私はこの心の地雷を自覚した事で、例えそのような状況に陥ったとしてもうまくいなせるようになりました。
社会人になってからは大学生の頃のようにどん底まで落ち込む事はなく、長らくそれでうまくやってきたのですが、さすがに今回の転職活動中はこの世とおさらばしてしまおうかと本気で思ってしまうほど追い詰められました。
転職するにあたって足を引っ張っていたのは間違いなく年齢で、このブログでも散々書きましたが、私の年齢に対する塩対応ぶりは酷いものでした。
でもどう頑張っても今更若くはなれないので、こればかりはどうしようもありません。
もし転職活動を続けるのであればこの厳しい現実を飲み込んだ上で進まなければなりませんし、例えやめて一時的に楽になったとしても後々絶対に後悔する事が目に見えています。
つまりどちらを選んでも茨の道といった状況だったので、私は悩んでも悩んでも答えが出せず、追い詰められるところまで追い詰められてしまいました。
でも生存本能なのか、そんな時私は決まってある話を思い出してしまうのです。
今は絶望的だったとしても、未来がどうなるかはわからない
それはかつて私がハマっていた新撰組の勘定方、河合耆三郎さんのお話です。
(余談ですが、『ハマっていた』は『新撰組』にかかります)
河合さんは裕福な問屋さんの息子で、新撰組の勘定方(経理)をしていました。
ある日、隊のお金(めちゃくちゃ大金)がなくなっている事に気づき、慌てて実家に穴埋め分を用立てて欲しいと連絡します。
ところがお金が足りない事が鬼の副長こと土方さんにバレてしまい、切腹を言い渡されてしまいます。
そこで河合さんは「実家からの使いがお金を持って来ます!だからもう少しだけ待って下さい!」と嘆願し、お金が戻れば何の問題もないので土方さんもこれを了承します。
ところが10日経ってもお金は届かず、哀れな河合さんは隊規違反で切腹して亡くなりました。
ところが。
その3日後、なんと河合さんの実家からお金が届きました。
このエピソードを小説で読んだ私は、(あれ?耆三郎さん死ななくてよかったんじゃね?)と思い、ザワつきました。
そして私は学びました。
仮に今が絶望的な状況であっても未来がどうなるかは絶対にわからないので、決して早合点してはいけないという事を。
この教訓(?)のおかげか、私は転職活動で落ち込み、心では(もうダメだ。色々疲れた)と思っても、頭では(でももしかしたら明日運命的な求人に出逢うかもしれない)と考えたりして、希望を捨てる事はありませんでした。
いいところで開き直ってみる
もし理不尽で納得のいかない事にぶち当たったら、もちろん相当悩むでしょうが、キリのいいところで開き直ってみるのもアリだと思います。
なぜなら今更言うまでもありませんが世の中には理不尽な事なんてたくさんありますし、例えそれらに真っ向から立ち向かっても、自分の力が及ぶ範囲なんてだかが知れているからです。
でもそれに気づかず、(なんでうまくいかないんだろう)という思いに囚われすぎていると、それはもう相当なストレスになります。
行き過ぎたストレスは当然良くないので、どこかでうまく切り替える柔軟さを持っていないと、精神衛生上良くありません。
自分自身で人生を切り拓く力ももちろん大切ですが、一方で前向きな妥協点を持っておく事も必要ではないでしょうか。
ちなみにですが、私はもし内定をもらえなかったら、とりあえず菅原道真ばりに世の中を恨みまくった後、アルバイトでもパートでもいいから好きな業界に転職して、ブログに漫画を載せて副収入を得ようと考えていました。
無謀(笑)。
でも未来の事なんて誰にもわかりませんから、もしかしたらここにきてかつての『超売れっ子漫画家になる』という夢が実現しちゃうかもしれませんよ。
ジャスティン・ビーバーがtwitterでシェアした事でピコ太郎が世界的に有名になったように、どこにチャンスが転がっているかわかりません(笑)。
最後に上島さんのご冥福をお祈りしつつ、今回はこれでおしまいにします。