運。
プロローグ
以前、東京都内の某ホテルでひらかれたある俳優さんのトークショーに行った時のこと。
参加者は全員女性で、定員は確か100名ほどだったと思います。
ほんの少し駆け寄っていけば実際に触れられる距離で見るその俳優さんは、今まで様々な媒体を通して見てきた彼と違うことなく美しく、実物もとても魅力的でした。
トークショーの最後に、「会場の中から抽選で5名の方に、ちょっとした特典があります」というアナウンスが流れました。
その特典というのは確か、その俳優さんとのツーショット写真撮影だったと思います。
参加者の座席には1から通し番号がふってあり、大きな箱を手にした司会者が言いました。
「この箱の中には番号を書いた紙が入っています。この中から◯◯さん(俳優さん)に紙を5枚選んでもらい、そこに書かれていた数字と同じ番号の座席に座っていた方が当選になります」
言われた通り俳優さんは箱の中から紙を5枚選び取り、司会者に渡しました。
司会者は折りたたんであった紙を開いて番号を確認し、「では、小さい番号から読みあげていきます。最初の番号は◯番です!!」と言いました。
自分の番号を読み上げられた女性はスッと立ち上がり、司会者に促されて舞台に上がると、俳優さんと並んで立ちました。
彼女はおそらく一般の方だと思いますが、とてもキレイな方で、何より印象的だったのはめちゃくちゃ堂々としていました。
司会者から、「おめでとうございます!」と言ってマイクを向けられると、彼女は「ありがとうございます!」と満面の笑みで答えました。
そして「当選した今のお気持ちを聞かせてください」と言われ、こう言いました。
「普段から運がいいので、当たると思っていました!」
漫画持ち込み体験から得た、「私は運がないなぁ」という実感
私は子供の頃から『超売れっ子漫画家になる』という夢を持っていて、何回か投稿をした事もありましたが、どれも結果に結びつく事はありませんでした。
そこで26歳の時、スキルを上げようと漫画家養成スクールに通う事を決め、実際にその年の10月から半年間通っていました。
最初は地元で探したのですがさすが超ど田舎!
そんなカルチャーなスクールなど存在せず、結局申し込んだのは高速バスで3時間ほどかかる他県のスクールでした。
ただ授業は日曜日だけでしたし、この時は「とにかく腕を磨きたい!」、「漫画家を目指す人と交流したい!」と思っていたので、思い切って都会に出る事にしました。
スクールは非常に学びが多く、講師も他の受講生もみんないい人ばかりでかなり充実した時間を過ごす事ができました。
しかし。
このスクールの最終課題というのが、『漫画を1本仕上げて、出版社に持ち込みにいく』というガチなやつでした。
私は仲良くなった3歳年下の女の子(通称:ハタやん)と一緒に東京に行く約束をしたのですが、ハタやんは少年漫画で勝負すると言いました。
私も少年漫画が大好きでしたが、壮大なストーリー展開や戦闘シーンを短い期間で描き切る自信が無かったので、少女漫画を描く事にしました。
雑誌を決め、震える手で超有名出版社2社に電話をし、3月の中旬に持ち込みの約束をとりつけました。
そして徹夜を重ねて原稿を仕上げ、満を持してハタやんと東京入りを果たしたのです。
不運な引き寄せ
東京滞在期間は3日間で、1日目にK社、2日目にH社、3日目は東京観光というスケジュールを組んでいました。
(ハタやんの作品は少年漫画なので、1日目と2日目は別行動でした)
約束の時間に間に合うようにK社に行き、受付を済ませるとそのまま雑誌の編集部に通されました。
編集部に着くと「担当者が参りますのでしばらくここでお待ちください」と言われ、私は言われるままそこに立って待っていました。
私が立っていた位置からは中の様子が丸見えだったのですが、数人ほどいる編集者の中に1人、足を組みながら気だるそうに携帯をいじっている30代くらいの女性がいました。
なんとな〜くですがそのオーラというか雰囲気を目の当たりにして、(あの人だけは勘弁して欲しいな)と思ったのですが、「じゃあ行きましょうか」と声をかけてきたのはその女性でした。
(嫌な予感ほど当たるというか、こういうのよくありません?)
女性はホールのような広い場所に私を案内しました。
そこにはテーブルと椅子が数組あり、私は女性に言われるがままそこにあった椅子に座りました。
「じゃあ、見せてもらっていいですか?」
座るやいなや早速本題を切り出してきた女性に一瞬ひるんだものの、「よろしくお願いします」と言って私は恐る恐る原稿を差し出しました。
女性は慣れた手つきで原稿に目を通し始めたのですが、次第に表情が曇っていきました。
そして原稿を読み終えた後「じゃあさ、ちょっと聞いていい?」と言って、ぶっきらぼうな口調でいくつか質問をしてきました。
質問の中には作品の批評からズレているものも多くてかなり戸惑ったのですが、私は慎重に言葉を選んで回答しました。
質問の後少し雑談をしたのですが、この時女性は自分がなぜ編集者になろうと思ったのか、男性に揉まれながら働く事がいかにキツいかについて力強く語り始めました。
そして「もちろん言わないよ?言わないけどね、私は人から見下ろされるのがムカついてたまらないのよね。だからこの身長が本当に嫌なの!!あと10センチ身長が欲しかった!」と言い出しました。
この言葉を聞いて、私はなぜ私の原稿に目を通した女性が急に不機嫌になったのか、少しだけピンときました。
というのもこの時私が持ち込んだ作品の主人公が、『背が高い事をコンプレックスに思っている女子高生』だったからです。
(はい詰んだ〜)
この奇跡的かつ致命的な展開に動揺したのは事実ですが、とはいえここは泣く子も黙る天下のK社。
(仮に私の作品が駄作中の駄作であるならまだしも、向こうもプロなんだし、そんな私情で作品の良し悪しを図るはずはないはず)
そう思って引き続き彼女の言葉に耳を傾けていたのですが、女性は「私はね、顔とかスタイルとかはどうでもいいの!とにかく身長が高い事が1番だと思ってる!!」とまで言い切り、ヒートアップしていく一方でした。
(女性は確かに背は小さかったですが、美人でスタイルもよかったです)
そんなこんなであっという間に時間が来てしまい、私の初めての持ち込みはたくさんのモヤモヤを残したまま終了しました。
翌日。
気を取り直せないまま私はH社に行きました。
この時話を聞いて下さった編集者さんは若い男性で、非常に丁寧に応対してくれました。
彼は私の原稿を何度も何度も読み返し、「ストーリーは主人公の心理描写をもっと緻密に描いて、読者の感情移入を誘うようにしたいですね。絵は線がすごくキレイで、人物も背景もきちんと描かれていると思います。東京に来て3年ほどアシスタントをしながら投稿を続けていけば、デビューにつながるチャンスはあるかもしれません」と的確かつ前向きなアドバイスをくれました。
ただ持ち込みの最大の成果は『編集者の名刺をもらう事』なのですが、残念ながら私はその最大の成果をあげる事ができなかったのでかなり落ち込みました。
(ちなみにハタやんは2枚ほど名刺をもらっていました)
後日談
東京から帰り、後日改めてハタやんと一緒にスクールまで出向き、持ち込みの結果を講師に報告しました。
そこで私の話を聞いた講師はこう言いました。
「この原稿を見せられて何も言わないのは、そのK社の編集者はきちんと仕事をしてないなって思った。H社は厳しいという噂だから初回で名刺をもらえないのは仕方ないにしても、そんな前向きな言葉をもらえてすごいと思うけどなぁ」
(ちなみに講師は超有名少年雑誌で連載経験のある漫画家です)
ハタやんも「私もそう思いました!」としきりに言っていましたが、気持ちが腐り切っていた私は、自分には才能がないからだとただただ自分をおとしめる事しかできませんでした。
そしてこの持ち込みを経て(漫画に関してはやれる事はやった。やり切ったから悔いはない)という納得のもと、私は『超売れっ子漫画家になる』という長年の夢に別れを告げました。
しかし。
if(もし)はいつだってただの後付けでしかありませんが、もしK社とH社の日程が逆だったら。
もしK社で違う編集者に話を聞いてもらっていたら。
それはそれで結果は違ったかもしれませんし、私の『今』もまた違ったかもしれません。
そう考えると今でもこの経験は、(私ってやっぱ運と縁に恵まれないよなぁ)と感じずにはいられない、そんなほろ苦いエピソードです。
おーしまい!